長谷川潔は1980年の暮れにパリで客死したが、そのアトリエに残された遺品の中から前回の「銅版画代表作と油絵」に続いてPart Ⅱとして企画された展覧会である。
『竹取物語』はわが国では、その挿画として昔から木版画に限られていたが長谷川潔は銅版画で史上初めてその挿画をなした。それも西洋の銅版画技術のなかでも最も難しい技法であると言われているビュランによって刻画された。1922年頃にパリ日本大使館に勤務する若き外交官本野盛一氏の仏訳に挿画を依頼されたが、完成したのが1934年で最初の構想から12年を経てようやく完成されたのであった。当初の出版予定の書房がフランスの大恐慌などの経済情勢で出版を停止することとなったが、その後、新しい出版元(フランスの愛書協会・リーブル・ダアール協会)が決まり、規模を拡大し、挿画点数も増え、銅版画の制作、用紙の調達、印刷、製本などの実質的な造本作業に7年間も費やしている。書物の挿画という形大の小さな一連の制作ではあるが長谷川潔が銅版画を学ぶために渡仏してから第二次世界大戦まで、いわゆる戦前の制作したものの作品の中で線刻描写の最も完成度の高い作品群である。
この豪華挿画本・仏訳『竹取物語』は造本であるがために手にとって本を開いて一枚一枚見るべきもので、所蔵者かごく一部の関係者しか間近に見る機会はほとんどない。今回、約40点に及ぶほぼ全図が壁面に展示されて、その美しい見事な線描が細部までじっくりとご覧いただける稀な機会となるはずである。
長谷川潔は渡仏後、仏訳『竹取物語』の挿画を構想した1922年頃から銅版画の作品を作りはじめているが、パリで最初に個展を開いて一般に公開したのは1925年で、その年には30点以上の作品が制作されている。 初めは日本でも制作していた腐蝕銅版画(オーフォルト)であったが、しばらくして直刻のポァントセッシュを集中的に制作している。今回はその初期の初々しい珍しい銅版画が多数展示されている。
魚津章夫



長谷川潔展 -仏訳「竹取物語」と初期銅版画ー